2011年6月15日水曜日

【イエメンはどこに行く・4】《アルカーイダ》

アメリカやイギリスにとって、イエメン問題はイエメン国民のために問題なのではありません。自国の安全保障のための問題なのです。それは、「アラビア半島のアルカーイダ(AQAP)」と呼ばれる集団がイエメン南部に潜伏していて、そこから米英に対するテロ攻撃を仕掛けている、という認識があることに基礎をおいています。

2009年のクリスマスにアメリカで飛行機に自爆爆弾を持ち込もうとしたナイジェリア人が逮捕される事件がありましたが、その人物はイエメンのAQAPの基地で指導を受けたとされ、多くの英米の国民の間では「9.11」の恐怖がよみがえり、それ以来AQAPは欧米の諜報機関の危険リストの上位に躍り出たのです。

さらに2010年10月末にカタール経由でイギリスに届いたイエメンからの航空貨物の中に爆発物が発見されるという事件がありました。これもAQAPの犯行であるとされたため、「手遅れにならないうちにイエメン国内のアルカーイダのアジトを空爆すべき」との世論が高まっていました。

また、今回のイエメンでの政治的混乱で「アルカーイダがイエメンの政権を乗っ取るのではないか」という荒唐無稽な危機感をあおる人もいます。もちろん、テロへの恐怖感は理解できますが、今回のイエメン政治的混乱とAQAPとの関係は限定であることをまず理解する必要があります。また、欧米にとっての重大問題と、イエメン自身にとっての重大問題を混同することは、イエメン問題の適切な解決にとってはむしろ障害となるでしょう。イエメンにおけるアルカーイダ問題の特質を三点を指摘しておきます。

第一にイエメンの現在の政治的混乱とその解決にとってAQAPはマイナーな問題です。二月にデモが始まるまでのサレハ政権の最大の問題は「北部のアルホーシー派の反乱」と「南部の分離独立派の反乱」の二つでした(これらについては後ほどご説明します)。

これらはいずれもサレハ政権の国内掌握力の衰退を示す出来事で、この結果としてイエメン中南部の部族領域(アブヤン、シャブワなど)にAQAPが「秘密訓練施設」を確保できる状況が生まれたのです。しかし、いわゆるAQAPのメンバーはせいぜい数十人というのが大方の専門家の意見で、特定の地域を「占拠」しているのではなく、部族長の許可のもとに「居候」している状況でした。

第二に、サレハ政権にとってAQAPは脅威ではありませんでした。イラク、アフガニスタンから追い出されてイエメンに流れ着いたアルカーイダにとっては政府の掌握力の弱いイエメンは理想的な「安全地帯」で、弱体化するサレハ政権に続いてほしいと考えています。このためAQAPは基本的にはサレハ政権に対する攻撃は一切しておらず、あくまでも欧米への攻撃のための「訓練地」として機能していたので、イエメンの国内政治にはほとんど影響がなかったのです。

第三に、AQAPを問題視しているのは欧米であり、これを利用してサレハ大統領はAQAPの存在を理由にアメリカからの軍事援助を最大限引き出すことに尽力してきました。この軍事援助を利用して、アルホーシー派、南部分離派の掃討作戦を行うためです。

こうした状況下で、6月3日(金)の大統領府砲撃(空爆ではないと思いますが)によってサレハ大統領が重傷を負い、サウジに搬送されて手術を受けるという事態になりました。これによって、イエメンには「権力の空白」と呼ばれる状況が発生しています。欧米メディアはこれがこの権力の空白を利用して暴力的な勢力が伸張するのではないか、「内戦状態」に陥るのではないか、という懸念を表明しています。

これと同時にアメリカはイエメン領内での無人機による空爆を本格化しているのです。もちろん名目はAQAPの掃討です。しかしいかに弱体化しているとはいえ、イエメンは主権国家です。その国に外国の軍用機が、その国の政権の意向とは無関係に自由に作戦を展開しているのです。これはオサマ・ビンラーデン殺害作戦を、パキスタン政府の許可なしにパキスタン国内で実施したことと同様の構図です。すなわち、権力の空白を最大限利用しているのは米国ともいえます。

こうした軍事行動は、今後のイエメンの政治的安定、アメリカをはじめとする欧米諸国との関係に大きな禍根を残す可能性があります。もし、現在の政治的混乱の収束のために外国が介入するのであれば、必要なのは軍事介入ではありません。まずサレハ大統領の政権委譲プロセスを円滑化するための支援をし、次の政権の安定化を図りつつその政権と協力してAQAP対策を講じるべきでしょう。もちろん、そんな悠長なことを言っていられないという人もいるでしょうが、それはあくまでも外国人のエゴです。

イエメンが不安定なままでは、どれほど無人攻撃機でAQAPのアジト攻撃に成功しても、次から次へと反欧米メンタリティーを持つ人々を増やすだけで、むしろ潜在的な脅威が増すばかりであるということを、きちんと把握するべきではないでしょうか。
【佐藤寛 2011/6/15】

0 件のコメント: